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本 // 田野辺薫『廣野、川奈はなぜ、日本一なのか 一度は回りたい、ニッポンの名コース』ゴルフダイジェスト新書

「なぜ日本一なのか」に対する直接の明確な回答はないですが,以下の引用にあるように,日本の名コースと見なされるコースのエピソードをあれこれ紹介してくれているので,そういうのをさらっと読みたい,そもそも日本にどういうコースがあるのか知りたい,という欲を満たしてくれます。


  • アリスター・マッキンジーは,「フェアウェイは平坦であるべきだ,というのは,一般的に広まっている見当違いの意見です」「真っ平らなフェアウェイで毎回ショットをするほど単調なことはありません」とはっきり否定しています。
  • (井上誠一は)「廣野は池あり流れあり,森あり,地形の変化あり,と云うようなことで非常に面白く出来ている」「結局,斯様な素材が思うままに駆使出来るコースが面白いコースになります」と,率直に廣野の地形をうらやましがっています。
  • ゴルフとはルールに則ってプレーする「ゲーム」,ゴルフコースはそのための「場」です。だから良いコースには,ゲームの神髄,つまり「戦略性」がなければなりません。
  • 井上誠一は「戦略性」にこだわる設計家です。対して,井上と同時代に活躍したコース設計家の上田治は戦略性にこだわらない設計のコースが少なくありません。
  • 井上誠一は,「関東平野の中心,フラットで変化に乏しい地形でも100万立方メートルの土を動かせば理想的なコースができる」と発言しています。
  • (札幌ゴルフ倶楽部)設計は大谷光明。グリーンフィ1円,キャディフィ30銭,ボールは1個1円20銭で,キャディフィの4倍だったそうです。ボールは貴重品で,キャディがロストボールを見つけるとクラブから10銭貰えました。(昭和7年)
  • (札幌ゴルフ倶楽部輪厚コース)現段階では,設計者(井上誠一)がいっているように,1オーバーのボギーで回る人にはホスピタリティ満開,難しいけど楽なコースになったようです。あとは飛び過ぎるゴルフの時代の中で,原設計で予定していた戦略度をどうやって取り戻すかという課題が残るでしょう。
  • (室蘭ゴルフ倶楽部は)太平洋の波飛沫を直にかぶる,室蘭湾外のイタンキ浜の中の放牧場に造られた頃の9ホールは,「日本で最もスコットランドのコースに近いリンクスコース」をいわれていました。
  • 那須GCの嬉しさは,コースがオープンした昭和11年(1936年)7月5日よりも一年早く,昭和10年7月27日にクラブハウス,ロッジが落成していたことです。
  • 「栃木県には那須GCがあるが,東京人が作ったゴルフ場だ。栃木県人による栃木のゴルフ場が必要だ」という意地っ張りから生まれたのが日光カンツリー倶楽部です。
  • 日光CCのコース改造にかかわった設計家の川田太三は,こうした自然ながらの変化について,「名コースはどこでも,設計者と自然(神)と幸運との合作ですよ」といっています。
  • 1,2パーセントの微妙な勾配のフェアウェイを何ホールも続けて上がると,その先にフラットなグリーンがあっても,人間の身体は,フラットと見ないで下りグリーンだと錯覚してしまうというのです。フェアウェイを下がり続けたときはその逆の錯覚に陥るそうです。
  • できるだけ人工のハザードは造らない,自然から生まれる戦略性,それが大洗をきっかけにいい出した「草書型ゴルフ場」でした。反対に人工的な設計は「楷書型」です。
  • 大洗では,高麗芝とベント芝を張り分けにしてまでワングリーンにこだわった井上が,龍ケ崎ではあっさりと2グリーンを採用しています。
  • 昭和38年(1963年)9月,コースをラウンドしたジャック・ニクラウスは,「日本で5つのコースをプレーしたが,廣野と大利根が最もよいコース。大利根はレイアウトがよい」と評価
  • (東京よみうりカントリークラブの)アウトイン切り換え後,設計の井上誠一はコースに姿を見せなくなったそうです。
  • コース設計家の川田太三は,興味深い説明をしてくれました。「もし日本のベストホール18ホールという企画をしたとします。どうしても埋められない1ホールが出た。そのときは何番ホールであれ,廣野の該当ホールを当てれば間違いないです」ひろのはそれほど各ホールが完璧ということです。

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