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本 // ピート・ダイ『コースに恐怖を持ちこんだ男ピート・ダイ―ゴルフ場革命は彼から始まった』小池書院

プレーヤーズ選手権のとき,TVのコメンタリーが「あの17番の設計には(ピート・ダイの)奥さんの意見が反映されている」って聞いて,「夫の仕事に口を出す素人の妻」という印象しか受けなかったけど,ところがぜんぜんそんなんじゃなくて,ダイの奥さんは凄腕のゴルファーでありかつ共同設計者とも呼ぶべき存在であり,常にプレーヤー目線でピート・ダイの設計に的確で時に厳しいコメントをしていた,ということがよく分かった。

この本は,(僕のように)ピート・ダイという設計家に特別の思い入れがない人でも,ゴルフコースの設計に興味のある人であれば,とても面白く読めると思う。「ゴルフコース設計とは何をすることで,設計者とは何を考えて何を行なっている人なのか」というのがよく分かった。訳はおおむね好いけど,気になったのは3点。ひとつは,やたらナカグロ(・)が多いこと(「スーパー・バイザー」とか「ゴルフ・コース」とか)。ふたつめは,ゴルフ場が二重カギ括弧(『』)で囲われていたこと。最後に,スティンプメーターの表示がフィートではなくメートルにわざわざ直されていたこと。

  • ダイ夫妻はコース設計家になる以前,優れたアマチュア・プレーヤーだった。アリス夫人はインディアナ州選手権を9回,ノース&サウス・アマ,イースタン・アマにそれぞれ1回勝っているし,全米女子オープンにも出場しているトップ・アマ。一方,ピートはインディアナ地区選手権と州アマ選手権に優勝していて,全英アマは3回戦,全米アマでは予選通過を果たしている。
  • 私の名は“ポール”で,父とまったく同じなので当時“P・D”と呼ばれた。そして,“ピー・ディー”が“PeDe”になり,“ピート”になって今日にいたっている。
  • ドナルド・ロスの傑作,(パインハースト)#2コースは,パーク・ランド(公園風な)コースの原型で,7,000ヤード以上の距離があり,中間サイズのグリーンとバンカーの配置で戦略性を高める設計手法は誰にも真似のできない独自のスタイルを確立している。また,シビアなアンジュレーションが砲台のグリーンをさらにタフにしているし,グリーン周辺の地形に溶け込んでいる。
  • ロスは「コースとは,選手権ゴルフのための公明正大なテストの場であるべきだ」と言っている。
  • 「ゴルフ・コース設計には,芸術家や彫刻家に求められるような技術を必要とされるが,同時にあらゆる分野の科学的知識も必要である」……アリスター・マッケンジー博士『ゴルフ設計』1920年刊
  • 当時のウェイク・フォレスト大学にはアーノルド・パーマーもいた。その頃のパーマーはよく飛ばすが,ボールがフェアウェイに行かないのでよく負けていた。
  • まず私は芝草の勉強をするため,近くのパーデュウ大学へ芝生管理の講座を受けに通った。
  • そもそも“golf course architect(コース設計家)”という用語は,USアマ・チャンピオンで設計もやったカナダ人,チャールズ・ブレア・マクドナルドの造語である。
  • 1900〜1930年代を迎えると,アメリカにも才能ある設計家が誕生してくる。あのドナルド・ロスを筆頭に,A・W・ティリングハースト,ジョージ・クランプ,アリスター・マッケンジー,シス・レイナー,ジョージ・トーマス・ジュニア,ヒュー・ウィルソン,そしてマクドナルドだ。
  • 私がもしこの時代の名コースとして好きなものを挙げるとしたら,やはり,『パインハースト#2』,『パインバレー』,『セミノール』,『メリオン』,そして『カマーゴ』だ。
  • でも,私は知っていた。コース設計の先達たち,D・ロス,A・マッケンジー,C・B・マクドナルドだって誰からも教育なんか受けていない。彼らは優秀なゴルフの技量を持っていたので,スコットランドの名コースを見て,プレーして,設計の原理を肌で学んだのだ。
  • 「セント・アンドリュース・オールド・コースは研究すればするほど愛するようになり,愛すれば愛するほど研究したくなる」……ロバート・トレント(ボビー)・ジョーンズ・ジュニア
  • スコットランドの名コースの中でも,『ターンベリー』ほど堂々たる風格のあるコースはないと私は信じたい。
  • (プレストウィックは)1番ホールの右側に鉄道が走ることから分かるように,昔のゴルファーは汽車に乗ってプレーをしに来た。その鉄道線路で,古くなって捨てられた枕木を使って,バンカーのフチが風雨による浸食で崩れるのを防いだのだ。
  • (セント・アンドリュース・オールド・コースの)17番“ロード・ホール”は世界一のパー4ホールだと私は思う。レイアウトと造形が完璧で,その戦略性はすべての設計家が学ぶべき“聖書”だからである。
  • 前の週まで無名だったジョン・デーリーという若者が私の造った『クルックド・スティック』をいともやすやすと破壊してしまったのだ!
  • 私の設計の仕事は,アリスのおかげで成り立ってきた。私があるホールのレイアウトに特殊なアイデアを盛り込もうとする時など,彼女はプレーヤーの立場でアドバイスしてくれる。
  • コース評論のライター,ロン・ホイッテンも言っているように「アリス夫人のほうがピートよりゴルフをよく知っている」のである。
  • “レダン”とは言葉の意味は“要塞”だが,プレー・ラインに対して45度くらい斜めに置かれたグリーンに,バンカー越えに長いクラブで狙うホール・デザインを指す。(…)私もマクドナルドやレイナーと同じで,この設計パターンが大好きだから,いくつかのコースでこのコンセプトを導入している。
  • 私の普通のやり方は,まず小高い所に立ってフェアウェイになりそうな谷と風の通り道を探し,自然のままでホールになるかどうかを考える。そして,残りのホールをいくつ造るかを決める。
  • 各ホールの距離と高低差も考慮に入れながら,ホールの方向にも変化を持たせたい。パー3の4ホールがそれぞれ東西南北を向くようなら理想的で,それはパー5やパー4にも言える。
  • (ザ・ゴルフ・クラブの完成にオーナーの)フレッド・ジョーンズも満足げだったが,16番だけは違った。危険な罠のようにトリッキーなパー3なので,彼は何回挑戦してもパーが取れない。頭にきた彼は,グリーン脇に立つ,樹齢270年の樫の木に首吊りロープを下げた!
  • アメリカのゴルフ発祥についてはいろいろの説がある。その一つがカロライナ説で,アメリカ最初のゴルフクラブ『サウス・カロライナGC』が1786年,チャールストンに誕生したとされている。
  • 1700年代の終わり,その『サウス・カロライナGC』のメンバーが“ハーレストンズ・グリーン”公園でゴルフ・コンペを催した。市民が公共の緑地でスポーツを楽しむ権利を市当局が認めたという意味で,ここに“グリーン・フィー”なる言葉が誕生したのである。
  • ある日,(ハーバー・タウンの)現場を歩いていると,OB区域に近い所で,破裂した下水道管と格闘しているパトロール隊と出くわした。汚水が地上に溢れ出しているので,ちょうど近くのバンカーにする予定だった細長い窪地に,ポンプで捨てるように教えてやった。汚水で一杯になったバンカーが乾いて,“ウェイスト(荒廃した)・バンカー”になったというわけだ。
  • ジャックが冗談まじりによく言う。「ピートと私が別な道を歩いたのは,一人が大金持ちをめざしたのに,もう一人がそうしなかったからさ」
  • 開場したその日から,『ティース・オブ・ドッグ』は世界中の熱狂的ゴルファーに歓迎された。みんな,アメリカ西海岸の偉大な名コース『ペブルビーチ』の雰囲気と比較して話した。ある人が見事にそれを表現した。「たしかに『ペブルビーチ』も海沿いのホールがある。しかし,“海の中”に7ホールもあるのはここだけだ!」と。
  • (ロンドンの古本屋街で買ったコース設計関連書の中で)私の好きな設計関連の書籍をあげるとすれば,『ザ・リンクス』(ロバート・ハンター著),『アメリカのゴルフ設計,その戦略と建設』(ジョージ・トーマス・ジュニア著),『ゴルフの設計的側面』(H・N・ウェザレッド&トム・シンプソン著)などである。
  • 「デザインの単純な必要性でいえば,すべてのコース設計家やグリーン・キーパーの働く目的は,自然美を模写するか,または自然美そのものと見分けがつかないものを創造することである」(アリスター・マッケンジー『ゴルフ設計』)
  • 私がバンカーを造る場合,三つのことを考える。まず第一に,そのバンカーにどんな役割を与えるのか? そして,どんなタイプの形にするのか? どこへ置くのが戦略的か? の三つだ。
  • ベン・クレンショーが『TPCスタジアム・コース』を初めてプレーした1982年,80以上のスコアを叩いてこう語った。「ここはスター・ウォーズのゴルフ場だ。たぶん設計したのはダース・ベイダーだろう!」
  • その時,私は(TPCスタジアム・コースの)17番がそれほど議論を呼ぶほど難しいものになるとは感じられなかった。だから,グリーン上のアンジュレーションも奥へ向かって下がる傾斜にしていた。すると,アリスがこう言ったのだ。「もしこのままコースをオープンしたら,トーナメントが途中でお手上げになるわね。」
  • (TPCスタジアム・コースの17番の)難しさの一つは風だ。もし,グリーン前の水面が波立っていたらフォローの風,静かならアゲインストなのだ。
  • ノーマンが記者に言うには,「15番のプレー中から,17番のことが頭に浮かんで,プレッシャーが五体を襲ってきたんだ。そのティ・ショットを成功させるにはいくらリードがあっても足りないから,16番ではキザんだのだ」と。
  • 「ゴルフ・コースを人間に喩えれば,グリーンは顔である」……チャールズ・ブレア・マクドナルド『スコットランドの贈物……ゴルフ』1928年刊
  • やがて(長男の)ペリーはテキサス州デンバーにダイ・デザイン社を設立して,アメリカ西部でコース設計を始め,1980年代の半ばに日本にも進出して,『真里谷』(現在の『きみさらず』)を手始めに優れたコースを造り続けた。
  • 今世紀の始めに造られた名コース,たとえば『メリオン』,『パインバレー』などのグリーンは当時のスピードに合わせてサイズ,アンジュレーションが決められている。それを今風にスピードを上げたら,プレー不可能になってしまうのは明白であろう。
  • もし,ベン・ホーガンがマスターズとUSオープンに勝った1953年にスティンプ・メーターがあったなら,1.8〜2.1メートルだったろう。
  • 私の友人,ジョー・ウォルサーがよく言う。「ピート・ダイという男は,たとえば予算無制限でコース設計を依頼しても,それ以上の金を遣うヤツだ」と。
  • テニスのウィンブルドンとゴルフのPGAツアー両方のチャンピオンになった唯一のスポーツ・マン,エルスワース・バインズ
  • (『PGAウェスト・スタジアム・コース』の設計に際し)現代のタフなコースとは,総ヤーデージが長いだけでは駄目だ。戦略的な位置を占める深いバンカー,プレー・ラインと斜めに交差するターゲット,フェアウェイからやや外れた位置にあるグリーン,平行する池,砂漠地帯特有の植物などをハザートとして利用するなど,あらゆる設計パターンを駆使しようと決めたのだった。
  • 私の尊敬する設計家,シス・レイナーも『フィッシャーズ・アイランド』で6メートルのバンカーを造っているし,穴の底からグリーンを見上げてショットした経験のあるプレーヤーには生涯忘れられない思い出になるはずだと,私は確信していた。
  • 私の17番はいつも特別なものになる。それは,18番の一歩手前で,ドラマを演出したいからで,世界の名ホールには17番が多いのも事実だ。すぐに思い出すのは『メリオン』。(…)そして,『セント・アンドリュース・オールド・コース』のタフなパー4。1982年のUSオープンでトム・ワトソンがチップインした『ペブルビーチ』の17番などがある。
  • 「今のプロはどんなコースでも20アンダーをマークできる技術を持っている。でも,『PGAウェスト』ではそうはいかない。意図的にボールを曲げて打たなければスコアにならないからだ。ゴルフは力のゲームではなく,技量を問われるもの。このコースを征服するには本当の意味で優れた技量が必要なのだ」(チ・チ・ロドリゲス)
  • 私の設計コースが難し過ぎるという批判は多いが,本当の熱狂的ゴルファーだったら,エベレストにピンを立てても,プレーに行くはずだ。
  • (『オールド・マーシュ』で)グリーン上のアンジュレーションも,なるべくシビアなスロープを避けて,最大で0.4パーセントの勾配に抑えた。人間の目でスロープが感知できる最小限度がその勾配だからである。
  • 「お若いの,ブラインド・ホールというものは,初めてプレーする最初だけで,二度目にはブラインドではないはずだ」(トミー・アーマー)
  • 「コース設計家を喜ばせる最大の賛辞は,人工的に造ったものがプレーヤーには自然そのものに見える,と言ってやることだ」……アリスター・マッケンジー博士『ゴルフ設計』1920年刊
  • ゴルファーという人種は不思議なもので,私は前から,100も切れない人々が高いお金を払ってスコットランドのタフなコースに挑戦する心理が分からなかったものだ。
  • スコアに関係なく,自分でも信じられないような1打を達成した満足感で,そのゴルファーは限りなくハッピーになれるのだ。
  • 「ピートよ,どんなことをやるにせよ,やり方には3つの道があるんだ。正しい道,間違った道,そしてイタリア人の道だ」(ジェームス・ラローサ)
  • 私の息子たちもいくつかの工事現場でスーパー・バイザーをやったが,私がその役を誰にするか決める重要な条件が二つある。それは若者であることと,ゴルフが大好きでうまいヤツだ。
  • 英国人,サム・ライダーが1936年,77歳でこの世を去った時,遺言として残したことは「愛用のマッシー・アイアン(今の5番アイアン)を一緒に墓に埋めてくれ」だった。
  • この『オーシャン・コース』(キアワ)に影響を与えたコースアあるとすれば,それは“アイルランドの宝石”と呼ばれる『ポートマーノック』だろう。
  • 私の個人的意見では,アメリカのゴルフ史上最強のプレーヤーはボビー・ジョーンズ,ベン・ホーガン,ジャック・ニクラスの3人だ。
  • スコットランドのゴルファーが言う“ノー・ウィンド,ノー・ゴルフ”とは風のない時のプレーはゴルフではないという意味だが,ここキアワ島でも同じ状態になった。
  • 打ち寄せる波が膝下までくる海の中で,顔を輝かせて絶叫する選手たちとアメリカ国旗を打ち振る夫人たちの姿を見て,私は“ライダー・カップ・コース”を設計した喜びに,体が震えて止まらなかった。
  • (『ブリックヤード・クロッシング』について)「このコースのオリジナルはスコットランドの『プレストウィック』というリンクス・コースなんです。あなたも一度,あちらへ行って見てくるといいんですよ。ここにあるのと同じように,1番ホールの右に,鉄道の線路と電線が走っていますから」


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